浜松市役所

ハママツシヤクショ

インフォメーション

カテゴリ 公共
種別 市町村関連
駐車場 あり
トイレ あり(洋式)
ホームページ(blog) https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/

特徴

『浜松市は政令指定都市です』
●面積/1,558.06平方キロメートル(全国2位)●町数/546町●人口/809,027人(男性402,335人・女性406,692人)●世帯数/327,909世帯●区数/7区(中区・北区・東区・南区・西区・浜北区・天竜区)
●市の花・ミカンの花/市の木・松/市の鳥・ウグイス
【自然】
●北は赤石山系、東は天竜川、南は遠州灘、西は浜名湖と四方を異なる環境に囲まれ、この多様な自然が織り成す美しい風景は、数々の景勝地を生み出しています。
●中田島砂丘は東西約4km・南北約600m。日本三大砂丘の1つです。
【気候】
●比較的温暖です。冬は「遠州のからっ風」と呼ばれる北西の強い季節風が吹き、気温以上に寒く感じられます。(この強い風は広大な遠州灘海岸の砂丘に美しい風紋を作り出しています♪)
●浜松市は全国的にみて日照時間が長いことが確認されています。
※上記ホームページには様々な情報が掲載されています。是非ご覧ください。(浜松市ホームページ参照)

位置情報

地区 周辺地域
路線/駅 遠州鉄道鉄道/遠州病院駅
バス停 市役所南バス停
インター1
インター2
警察署 中央警察署
交番 浜松城公園前交番
消防署 中消防署
消防出張所 本署
小学校区 元城小学校区
中学校区 中部中学校区

もっと詳しく

その他
【こんなにある!浜松発祥☆】
♪日本発♪
●木工機械
●国産旅客機
●アルミホイール
●国産丸ノコギリ
●写真フィルム
(はままつくらしのガイド参照)
【浜松市の名誉市民】
●ヤマハ株式会社の礎を築き上げた川上嘉市 氏・本田技研工業株式会社を設立した本田宗一郎 氏など多くの方々が名誉市民に選ばれています。
記憶に新しい方では、青色LED開発に世界で初めて成功され、平成26年にノーベル物理学賞を受賞された天野浩 氏がいらっしゃいます。
歴史
【浜松市の歴史】
♪平成23年7月1日 市制施行100周年♪
<旧石器時代(約18000年前)>
●浜北人の人骨は本州最古の人類の化石。
●佐鳴湖東岸の蜆塚遺跡~静岡県内では例のない縄文時代(約4,000年~3,000年前)の環状貝塚がある。
<弥生時代>
●米作りが始まる。この時代の遺跡から銅鐸が20点あまり出土していて全国的に注目されている。
<古墳時代>
●多くの古墳が築かれる。赤門上古墳(あかもんうえこふん/浜北)・馬場平古墳(ばんばひらこふん/引佐)・光明山古墳(こうみょうさんこふん/天竜)が有名。
~「浜松」の名は奈良時代の「浜津」から~
<奈良時代>
●静岡県西部は、遠淡海(とおつあふみ=遠江)と呼ばれていた。琵琶湖のある近淡海(ちかつあふみ=近江)と、浜名湖のあるこの地域を対比して名付けられたもの。
●起源が1,300年前から続く古い地名にあることが確かめられている。(引佐・都田・赤佐・和地・宇布見・長上・老馬(老間)・大柳なども同じ時代から続く由緒ある地名)
●平安時代には「浜津」室町時代には「浜松」。平安時代と室町時代の間の鎌倉時代に書かれた紀行文「十六夜(いざよい)日記」の中でも、「浜松」という地名を見ることができることから、「浜津」から「浜松」へと変わっていったことがうかがい知れる。
<南北朝の騒乱から戦国・江戸時代>
●鎌倉幕府後に起こった南北朝の争乱はこの地域も舞台となり、市域の武将も南朝方、北朝方に分かれて争った。
井伊城(引佐)、鴨江城、千頭峰(せんとうがみね)城(三ヶ日)、三嶽(みたけ)城(引佐)、大平(おいだいら)城(浜北)などで激しい攻防が行われた。その後、南朝側の抵抗が終わり、南北両朝が統一されると室町幕府は一応安定するが、応仁の乱後、再び戦乱の世となる。
●浜松地域は今川の支配下に置かれていたが、徳川家康が今川方から引馬城を奪うと、これを増改築した。これが後の浜松城の原型。家康は、元亀元年(1570年)から天正14年(1586年)の17年間浜松に在城し、数々の戦いを繰り広げた。
●江戸時代には、徳川譜代の大名が城主となり、幕府老中6人を輩出したことにより浜松城は、後に「出世城」と呼ばれるようになった。また浜松は、東海道五十三次のほぼ中央にあたる宿場として栄え、本陣や旅籠(はたご)が立ち並んでいた。本陣が6軒もあったのは、東海道五十三次では箱根と浜松だったと伝えられている。
<浜松県、浜松町の時代>
●明治4年
・廃藩置県により遠州地方に浜松県が誕生
●明治21年
・市制・町村制が公布、翌明治22年浜松町が誕生
●明治30年前後
・帝国製帽(現在のテイボー)日本楽器(現在のヤマハ)木綿中形(現在の日本形染)などが設立され、現在の浜松の産業の基盤が確立浜松市の誕生
<浜松市の誕生>
●明治44年
・市制が施行され浜松市が誕生(人口36,782人、町数40町)
●大正時代
繊維、形染、楽器などの産業に支えられながら、浜松は着実に発展
<浜松大空襲>
●昭和16年
・軍需工場が集中していた浜松は攻撃目標となり、戦争中27回もの空襲や艦砲射撃を受けた。
●昭和20年6月18日末明
・浜松大空襲
<復興への歩み>
●昭和20年8月15日(終戦)
・終戦後人々は飢えと闘いながら復興へと歩み出す。特に工業の振興に力が注がれ、終戦の3年後には戦前の7割まで復興。なかでも繊維・楽器・オートバイの3大産業は、めざましい成長を遂げる。この後、浜松市は周辺の町村と合併。
●昭和30年代~
・東海道新幹線や東名高速道路の開通
・佐久間ダム、秋葉ダムの完成、
・三方原用水の通水
・東海道本線や遠州鉄道の高架化が完成
●昭和57年
・16角形の浜松駅バスターミナル完成
・人口50万人を達成
・光技術・電子技術関連など先端技術への取り組みが急ピッチで進む
●平成4年
・浜名湖国際頭脳センターが完成
●平成5年
・テクノポリス都田地区土地区画整理事業が完工。「ものづくりのまち」浜松の技術は、先端テクノロジーの領域でも国内はもとより世界からも注目を受けるようになる。
・「音楽のまち」づくりを中心にした文化政策を積極的に展開。
●平成6年
・アクトシティ浜松が完成
●平成16年
・浜名湖花博(544万人の入場者)
<合併~政令指定都市へ>
●平成8年
・浜松市は中核市へ移行
●平成17年
12市町村が合併し、新「浜松市」が誕生
●平成19年
・政令指定都市へ移行
●平成21年
・66日間、日本で初めてモザイカルチャー(花と緑による立体アート)の世界大会「浜名湖立体花博(浜松モザイカルチャー世界博2009)」を開催
<市制施行100周年>
●平成23年
・市制施行100周年を迎えた
・浜松市副市長となる「出世大名家康くん」が記念マスコットキャラクターとして誕生!

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